Article

Home2007年05月 > 事故で死んだ親友のこと

事故で死んだ親友のこと

  • 2007年05月29日 10:52
  • Category: 思い出 

一昨日の記事で色々思い出したので、以前書いていたブログから、彼の死に関する記事を引用してみようと思います。

長いです。

  • TITLE: 友人が死んだ
  • DATE: 02/26/2005 00:26:27

彼は、持ち前の明るさとプラス思考と図々しさで、僕の心の扉の鍵を抉じ開けて無理矢理横に居座った。日が経つにつれて、僕の方も彼を友達だと思うようになった。それが高校3年の頃だ。

大学を決める時、彼は僕と同じ大学に入りたがった。それは彼の学力で叶わなかったが、同じ都内には住むことができた。

高校を卒業し、大学に入り、僕はたくさんの友達を捨てた。日に日に携帯電話のメモリから、名前と電話番号とメールアドレスとが消えていった。だが、ただ一人、彼とだけは、交流を続けていた。

それは彼の明るさとプラス思考と図々しさのせいでもあったが、僕の方も彼との縁は切りたくはなかった。

彼が自動車の免許を取った時、二人でレンタカーを交代で運転しながらドライブに行った。彼の部屋で飲み明かしたこともあった。嫌いなカラオケも、彼と二人なら嫌じゃなかった。

彼は僕が一番の友達だと言ってくれた。僕にとっても彼が一番の友達だった。

だが大学に入って4年経ち、僕は留年したのでまだ学生だったが、彼は就職して、会う機会も少なくなった。そのうち僕も大学を中退して就職し、もうほとんど会わなくなった。

が、ある日彼からメールが来た。自動二輪の免許を取ったから遊びに行こうとのことだった。僕は、いいね、海でも行くか、と返した。だが、休日が噛み合わず、その話は無くなった。

僕はただ、事故に遭わなければいいが、とだけ思った。

そして2月24日、夜。

彼から着信が何回かあった。僕はうたた寝していて出られなかったのだが、うたた寝から起き、何回目かの着信で漸く気付いて電話に出た。

しかし、電話の主は彼ではなかった。女性だった。その時点で嫌な予感はしていた。

電話の主は彼の妹だと名乗った。

そして

彼の死を告げた。

バイクでスリップし、対向車に轢かれたのだそうだ。

間違いなく僕の何倍も何十倍も辛いであろう彼女は、すすり泣きもせず、弱々しい声を出すでもなく、ただ淡々と、切り口上で、告別式の日取り等を告げて電話を切った。

僕はただ、ショックだった。泣きながら、「何やってんだよ」と呟いた。

翌日、告別式には、まだショックから立ち直れず、辛くて参加できなかった。

気持ちの整理がついたら、彼の家に行こうと思う。

  • TITLE: 人間という存在に憎しみを覚える時
  • DATE: 03/19/2005 10:29:11

満員電車。

昨日の帰りの話。

車両のドアが運転中に開いたらしく、点検のために運行がストップしていた、その影響で、山手線の車内は一両当りの乗客数が尋常でなかった。

圧死するんじゃないかってほどぎゅうぎゅうで、身体の中で動かせるのは、首から上と手の指と足が少しだけ。鼻が痒くなってもかけない。

肩に掛けていた鞄は持ち主とは別の場所で、エアパッキンで梱包されたみたいに押し潰されている。うっかり手を離そうものなら、二度とこの手に帰ってこない気がする。

なぜこの人たちは電車に乗っているのか。と、主観を離れてふと思う。

なぜこの人たちは電車に乗るのか。

仕事に行き、家に帰るため。

なぜ仕事に行くのか。

日々の糧を得るため。

なぜ日々の糧を得ようとするのか。

生きるため。

なぜ生きようとするのか。

死を恐れるから。

なぜ死を恐れるのか。

自分という存在を無に帰してしまうものだから。

彼のことを思った。もう三週間が経った。

時が経つにつれ辛さは和らいできたが、それは彼の死を受け入れることができてきたのではなく、実感が薄れてきたからだ。

ひょっとしたらまた、こっちの都合もおかまいなしに電話かけてきて「遊ぼうぜ」っていってくれるんじゃないかなんて、そんな気さえする。

でも、もう戻ってはこないのだ。

池袋で大半の人が降り、僕も降りて、やっと開放された。埼京線に乗り換えようとしたが、そっちも同じくらい混んでいたので、池袋からは歩いて帰ることにした。2、30分だから大した距離じゃない。ただ、薄着だったので少し寒かった。

彼は、死ななきゃならない理由なんて無いのに死んだ。僕は、生きる理由も無いのに生きている。

人間なんて、誰かの気まぐれで生かされているんじゃないかなんて思う。ピンとはじけばころっと倒れる。

その存在の危うさと、うっすら冷たい風に軽く身震いしながら、明治通りを家へと歩いた。

  • TITLE: 失われたものは一つではない
  • DATE: 08/12/2005 15:38:01

土曜に帰省し、日曜に彼の家を訪ねた。

もうじき半年経つ。

てっきりもうお墓に入っていると思っていたが、ご両親が近くに置いておきたいということで、お骨はまだ彼の家にあった。いつも笑顔を振りまいていた彼が、この小さな箱の中に、ものもいわずに静かに納まっているのだと思うと、哀しく、重苦しく、何か恐ろしいような気持ちになった。

仏壇に飾られた彼の写真を見ると、やはり涙ぐまずに入られなかった。

本当に彼は死んでしまったのだ。

お父さんは彼にそっくりだった。彼のことを話しながら、涙を浮かべていた。彼の死の報はどれほどの衝撃だったろうか。その哀しみは、俺には到底計り知れないものだ。時が経って少しは落ち着いたかもしれないが、半年という期間はそれを忘れるには短すぎる。

今になっても思う。なぜ彼のような人間が死ななければならなかったのか。

あの少年のような屈託のない笑顔を、もう見ることはできないのだ。

もし神というものがあるなら、それはなんと無慈悲なのだろうか。

一昨日、友人と会った時、友人は、彼はまだ生きているんじゃないかと思っている、と言っていました。

本当にそうだったらどれだけいいか。

僕は彼の死を受け入れています。

しかし納得はしていません。

どうして彼のような良い人間が死ななければならなかったのでしょうか。

いまだにやるせない気持ちでいっぱいです。

関連するエントリー