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死に関する考察

  • 2007年05月31日 09:17
  • Category: 随想 

一昨日の記事に関連して、また以前書いていたブログから引用してみようと思います。

あくまで当時の考えです。基本的にはそんなに変わってないですが…。

  • TITLE: 人はどうして死んだ人のことを覚えているのだろう
  • DATE: 06/18/2005 02:49:57

もし僕が死んだら、そのことをできうる限り誰にも伝えないで欲しい

いなくなるなら、誰の記憶の中からもいなくなりたいから

  • TITLE: お願いだから全部忘れてくれ
  • DATE: 06/22/2005 21:12:48

“記録より記憶に残る人になりたい”なんてことを言う人がいる。僕は記憶にも記録にも残りたくない。

もし自分が明日死ぬと分かったら、僕は残された時間を、自分がこの世に生きた証となるものを出来る限り消すことに費やすと思う。

でも、記録は消せても、記憶は容易には消せない。

いろんな説があるけれど、僕は人は死んだらそれで全て終わると思う。命も精神も魂もやがて肉体も、無に帰すと思う。

だから死ぬのはとても怖い。僕の自我は全て無くなる。そう考えるととても怖い。

でもそれと同じくらい怖いのが、そうして完全に無くなった後にも、誰かの記憶には残ることだ。

消えるなら一緒に誰の記憶の中からも全部消えてほしい。

でも残る。

お願いだから、僕が死んだら、二度と僕のことを思い起こしたりしないでくれ。

全部、僕に関することは何もかも、忘れてほしい。それが一番の弔いになると思ってそうしてほしい。

僕が消し忘れた記録がもしあったら、それと共に全て葬り去ってくれ。

お願いだから

  • TITLE: 死を思えば背中がサムイ
  • DATE: 07/09/2005 15:27:31

最初からそう望んでそうしてきたわけではないのだが、人と接することを嫌い、できるだけ人と関わることを避けてきた結果、あまり誰からも好かれることも嫌われることもなく、俺を知る大体の人にとって俺は“どうでもいい”存在だ。

家族を除いては、俺を大切に思い、俺が死んだら哀しむ人は、今のところ一人しか思い当たらない。

前にはもう一人いたが、彼は死んでしまった。

自分の死を哀しんでくれる人があまりいないというのは凄く淋しいことだけど、こういう生き方の代償として仕方のないことだと思っている。

そういう俺を哀れに思うかもしれないが、同情には及ばない。俺は自分をそれほど不幸だとは思っていない。

ただ、自分とこの世とを繋ぐものがあまりに弱く、希薄であることが少し不安ではある。

最後の一人がいなくなり、家族もいなくなってしまったら、俺は生きる理由を失う。

自分自身の中に今それはない。

それは確かに哀れかもしれない。

母や父や祖母や祖父や妹がいるからまだ死ねない。それが今俺が生きている理由の大半だ。

それと死への恐怖。

でもそれは却って幸福なことなのかもしれない。

何といっても少なくとも祖母が生きているうちは、絶対に死ぬことはできない。

しかし祖母の死に対面することは、自分の死と同じくらいに恐ろしい。

同時に死ねたらいいかもしれない。そんな都合のいいようなるわけないけど。

  • TITLE: 褪色の傾き、その手触り
  • DATE: 07/18/2005 15:26:58

自分が死んだら哀しむ人がいる。それはとても幸福なことだ。

俺はどんなに辛くなっても、自分が死んだら家族がどれだけ哀しむか、それを考えると死ねない。父や母や祖母や祖父よりも先に死ぬなんて、絶対にしてはいけないことだ。

そう思える俺はとても幸せな人間だ。

それから単純に、死への恐怖が俺を死なせない。

いろんな考えの人がいると思うが、俺は、人は死んだらそれで終わり、死後の世界なんてないし幽霊も魂もないと思っている。

だからたぶん、死後の世界があると思っている人より死への恐怖はずっと強い。

自分の中にも外にも、死ねない理由がたくさんある。

それは幸福なことだと思う。

でも。

"死ねない理由"と"生きる理由"は違う。

哀しむ人がいるというのも恐怖も、"死ねない理由"だ。

人は"死ねない"という理由だけで生きていけるものなのだろうか。

俺は今、自分の中に"生きる理由"を見出すことができない。

だがたった一つ。"彼女"が俺を必要としてくれている。たった一つそれだけが、俺の"生きる理由"になっている。"彼女"が俺を必要としてくれているから、俺は生きていなければならない。"死ねない"んじゃない、"生きていなければならない"んだ。

それだけが俺が"生きる理由"だ。それがある、それは何よりも幸福なことだ。

だがもし、"彼女"がもう俺を必要としなくなったら、俺はどうなるのだろうか。

人は"死ねない"という理由だけで生きていけるものなのだろうか。

生きていけるかもしれない。でも死ねないから生きているだけの人間は生きているといえるだろうか。

だが死ねない理由があるうちはまだいい。

きっとそう遠くない将来、考えたくないけど、祖母や祖父は死ぬ。

いつか父も母も死ぬ。

死ねない理由がどんどん減っていく。

死ねない理由が死への恐怖だけになったとき、

俺はもう生きている自信はない。

たぶん大したためらいもなく、俺は自分の命を消すだろう。

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